2025年の大晦日は茨城県の祖母宅へ。
というわけで、最近ハマっている常陸国風土記ゆかりの地巡りをしてきました୧(୧ˊ͈ ³ ˋ͈)
前回はこちら↓
潮来(板来)の駅家(いたくのうまや)
あやめでも有名な水郷の町「潮来」。
潮来にある臨済宗のお寺「長勝寺」の境内に「潮来(板来)の駅家跡」と書かれた木棒が立っています。
駅家(うまや)とは、
古代日本の五畿七道の駅路沿いに整備された施設。
駅家には駅使が往来に必要とする駅馬とその乗具及び駅子が準備され、駅馬を飼育するための厩舎や水飲場、駅長や駅子が業務を行ったり詰めたりするための部屋、駅使が宿泊・休憩を取るための施設および彼らに食事を提供するための給湯室や調理場、それらの施設を運営するために必要な物資(秣・馬具・駅稲・酒・塩など)を収納した倉庫などが設置され、中には楼(駅楼)を備えた施設もあった。
(Wikipediaより引用させて頂きました)
潮来(板来)の駅家は、国府と鹿島神宮を結ぶ駅路沿いに設置された駅家の一つになります。
長勝寺
(住所:茨城県潮来市潮来428 東関東自動車道潮来ICより車で約15分、潮来駅より車で約5分)
臨済宗のお寺さんで、1185年に源頼朝が武運長久を願って建立、1691年に徳川光圀が堂宇を修復し再建しました。

本堂(茨城県指定 有形文化財)

厚い茅葺屋根の思わず見惚れてしまうようなお堂。迫力あります!


銅鐘(国指定 重要文化財)
源頼朝の菩提のために、1330年に鎌倉幕府第14代執権 北条高時が寄進したそうです。


さて、肝心の「潮来(板来)の駅家跡」と書かれた木棒ですが、
本堂のすぐ側、写真↓左下の黄色い丸印のところに立っていました。

上部が欠けて、斜めになっています。

訪ねる際に参考にさせていただいたブログ記事では、綺麗に真っ直ぐ立っていたので、最近斜めになってしまったのかも(´;ω;`)
「潮来(板来)の駅家」の正確な場所はわかっておらず、諸説あるようですが、実際に見てわかるような案内はこちらに立っている木棒だけ。とても貴重だと思います。
常陸国風土記の「潮来の駅家」に関する記載がこちら↓
常陸国風土記 行方郡
…
ここから南に行くこと約五キロメートルに板来(いたく)の村がある。海辺に近接して駅(うまや)がある。これを板来の駅という。その西側に榎木が林を成している。飛鳥浄見原天皇のみ世に、麻績王(おみのみこと)を追放して、置いた所である。その海は、塩を焼くに用いる藻・海松(みる)・白貝(おう)・辛螺(にし)・蛤(はまぐり)がたくさん産する。
(「風土記(上)」角川ソフィア文庫 現代語訳より引用させて頂きました)
1000年以上前、この辺りでは貝がたくさんとれたようです。
ちなみに、板来(いたく)は伊多久(いたく)とも呼ばれていたようで、「いたく」という地名の由来も常陸国風土記に記されています。
ちょっと長めの地名譚なので、後日改めて書こうと思っていますが、簡単に書くと、
崇神天皇の御世に東国平定のため建借間命(たけかしまのみこと)が遣わされたのですが、この地に住まう賊(と書かれていますが、多分先住民)である夜尺斯(やさかし)・夜筑斯(やつくし)とその一族を謀略を巡らせ、捕らえて殺した際に、「痛く殺す」といった場所が「伊多久(いたく)の郷」とよばれていると書かれています。
板来・伊多久(いたく)は、その後、徳川光圀公によって「潮来」と改称されました(諸説あり)。
荒原神社・曾尼の駅家跡
常陸国風土記 行方市郡の章にこんな話が書かれています。
常陸国風土記 行方郡
…
郡役所から西北に提賀(てが)の里がある。ずっと昔佐伯が住んでいた。名を手鹿(てが)という。その人がそこを住居とした。後になって里にその名をつけた。
その里の北に香嶋神子神社がある。社の周囲の山野は土壌が肥沃で、草木は椎・栗・竹・茅の類がたくさん生えている。ここから北のほうに曾根(そね)の村。(ここにも)遠い昔佐伯がいた。名を曾禰毗古(そねびこ)という。その名を取って村の名に着けた。今駅家を置いている。これを曾尼(そね)という。
(「風土記(上)」角川ソフィア文庫 現代語訳より引用させて頂きました)
荒原神社
長勝寺から霞ヶ浦沿いに北上し、提賀(てが)の里があったと思われる場所(現在は荒原神社(住所:茨城県行方市手賀2908-2)のある辺り)へ行ってきました。
荒原神社↓
苔むした地面が綺麗なこじんまりとした神社さん。
境内に社務所や案内板はないです。


神社の近くには、彫刻家 宮路久子さん作の親子像と案内板がありました。

案内板を読むと、この辺りには貝塚や古墳が多数あり、縄文時代から集落があったとのこと。昔からここに住んでいた手鹿という名の人たちはヤマト朝廷に抵抗したようです。

以前に、現在の大宮神社が、提賀(てが)の里の北にあった香嶋神子神社と伝えられる神社と紹介しましたが、案内板にはこちらの荒原神社を香嶋神子神社とする説があることも記されていました。
曾尼の駅家跡(そねのうまやあと)
提賀の里の北にある、曾禰毗古(そねびこ)という先住民の名前から名がつけられた曾根(そね)の村。
そこに設けられた駅家「曾尼の駅家」の遺称地に行ってきました。
荒原神社から車で約6分ほどの場所にあります。
行かれた方のブログ記事を参考に行ったのですが、ちょっと迷ってしまったので地図を載せます。
(潮来の駅家跡もそうですが、行かれた方のブログ記事がなかったら絶対にわからなかったです!心から感謝です(*ᴗˬᴗ))
夜刀神社の時にも出てきた「泉北」の交差点が目印。
Googleマップ↓の下部にある黄色丸の場所に、「曾尼の駅家跡」の案内板があります。
夜刀神社の近くです。

さらに拡大したのがこちら↓
黄色い印の部分、民家の外壁にあります。


今回はちゃんと石碑がたっていました!

長くなってしまったので、続きます↓
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