旅の3日目はまた、ひとり旅٩꒰。•◡•。꒱۶
1日目・2日目と海に近い場所を旅しましたが、3日目は山の方へ行ってみました。
麻氐良布神社
福岡市街から車で約1時間。
3日目の1ヵ所目は「麻氐良布(まてらふ)神社」へ。
麻氐良布神社は平安時代に編纂された「延喜式神名帳」にも名が記されている古社です。
御祭神は、伊弉諾尊・月夜見尊・天照大神・素戔嗚尊・蛭子尊。
鬼と関わりがある(かもしれない)神社ということで、「うわぁ興味深い」と思い、行ってきました.+:。 ヾ(。・ω・)ノ゚.+:。
史書に初めて鬼という言葉がでてくるのは日本書紀の斉明天皇の条。
660年唐と新羅の連合軍によって百済が滅び、斉明天皇は百済を救援・復興するための兵を送るため、661年その大本営として朝倉橘広庭宮に遷幸するのですが、
朝倉橘広庭宮を造営するにあたって朝倉社の木を切って用いたため、神が怒って宮を壊し、宮中にも鬼火があらわれ病死者が続出。
そして朝倉橘広庭宮に移ってわずか75日後に斉明天皇も崩御してしまいます。
皇太子である中大兄皇子が葬儀を行ったのですが、この時、朝倉山の上に大笠を着た鬼があらわれ天皇の葬儀の様子を覗いており、人々が怪しんだとの記述があります。
朝倉橘広庭宮がどこにあったのかはわかっていません。
(候補の一つとして、朝倉橘広庭宮跡という石碑がたっている場所が朝倉市須川にあります)
旅行に行く前に何かのサイトを読んで、私はてっきり麻氐良布神社のある麻氐良山が日本書紀の記述にでてくる朝倉山かと思い、麻氐良山(標高295m)の麓にある麻氐良布神社の下宮を参拝したら、山頂の上宮まで行って景色を眺めてみよう!と計画を立てていたのですが、、、。
(後日調べてみたところ、麻氐良布神社のある麻氐良山が朝倉山といわれていたり、麻氐良布神社が朝倉宮があった辺りの場所といわれていたり、あるいは朝倉社であるといわれていたり、様々でした。歴史ロマンな感じ)
(下宮)
鳥居から5分ぐらい石段をのぼっていくと、下宮のお社に着きます。


下宮のすぐ側にある道をいくと登山道にぶつかり、30~40分で山頂に着くとのこと。
「よし!山頂まで行くぞ!」と意気込んだのも束の間。
草木が繁茂する今の時期。自分の背丈よりも高い草をなんとかかき分けながら、下宮の近くにあった薄っすらとした道のようなものを進んでみたのですが、
「、、、ムリッ!道があっているかわからないし、心細すぎるっ(((°Д°; )))ワワワ」
断念しました。
(後日、どの道が正解だったのだろう?と麻氐良山に登った方のYouTube動画などを見てみたのですが、皆さんしっかり登山装備で草が繁茂していない時期に登っていましたし、猪や鹿もがさごそしていそうな様子。今回は断念して正解でした)
少し離れた場所から見た麻氐良山。

日本書紀の斉明天皇の条にでてきた鬼についても諸説あるようですが、山にかかっていた大きな雲を鬼と見立て、当時の不安な情勢を表現したという説もあります。
遠くから大きな雲がかかる麻氐良山を見て、こういう感じだったのかなぁと思ったりもしました。
ちなみに、麻氐良山にはかつて「麻氐良城(左右良(まてら)城)」がありました。
秋月種実が大友氏の攻撃に備えて築いたお城といわれており、その後、黒田藩の筑前六端城のひとつとして、黒田二十四騎の1人であり、黒田官兵衛からの信頼も厚かった栗山備後利安が城主を勤めていた時もあります。
山頂にある上宮は麻氐良城の本丸跡に建っており、お城の石垣なども結構残っているそう。
山城巡りで訪れる方も多いようです。

参考サイト→「あさくら神社回廊」
(御朱印)
日吉神社(久喜宮)の神主さんが兼務しており、事前にご連絡していただきに行きます。
麻氐良布神社の紋が菊なので、菊が描かれているそうです。

日吉神社(久喜宮)
日吉神社(久喜宮)
2ヵ所目は日吉神社(久喜宮)へ。
先程書きましたが、日吉神社の神主さんが麻氐良布神社も兼務されているということもあり参拝しようと行ってきました。
旧久喜宮村・若市村・古賀村・寒水村の産土神。
日吉神社ということもあり、神使の猿の石像が境内には複数あります。
天武天皇の時代に創建された古社なのですが、戦で荒廃してしまった時期も。
秋月氏が社殿を建て直すも大友氏によって焼き払われるなど、波乱万丈な歴史がありました。
現在の社殿の彫刻がとにかく素晴らしかったです!
迫力すごいなぁ!と、思わず見惚れてしまいました。

夕月神社
3ヵ所目は夕月神社へ。
麻氐良布神社と日吉神社の御朱印をいただきに神主さんをお伺いしたところ、近くに夕月神社という神社さんがあり、そちらの御朱印もいただけると。
場所を教えていただき、御朱印を書いていただいている間に参拝してきました。
夕月神社の御祭神は月読命。
案内板によると古賀の産土神で以前は山の中に鎮座していたのですが、氏子さんがお参りをすることが難しく、今の場所に移ったそうです。
詳しいことはわかっていないそうですが、かつてここにはお城があり(夕月城)、大友氏の攻撃に備えて築かれた秋月氏の防衛陣地のひとつであったそうです(城主不明・お社のまわりに空堀があり)。
福岡県の朝倉地域で、知らず山城巡りをしてしまいました(;・`д・´)
(御朱印)

大己貴神社(於保奈牟智神社)
4ヵ所目は大己貴神社へ。

日本最古の神社の一つといわれており、延喜式神名帳には「於保奈牟智神社」という名で記されています。
御祭神は大己貴命・天照皇大神・春日大明神。
地元では「オンガサマ」と呼ばれ、親しまれています。
由緒
927年制定の法令書『延喜式』巻十〔神名帳〕には筑前国の11社のうちの1社に数えられ、他は現在の(1)宗像大社(2)織幡神社(3)筥崎宮(4)住吉神社(5)志賀海神社(6)志登神社(7)筑紫神社(8)竈門神社(9)麻手良布神社(10)美奈宜神社であり、古くより大変由緒のある神社であります。西暦200年頃〔仲哀天皇9年〕神功皇后が、現在の朝倉市(秋月)野鳥のあたりで勢力を持っていた豪族「羽白熊鷲(はじろくまわし)」を征伐後、新羅征討を起こすにあたり兵を募ったが集まらず困っていたところ、大神社“おおみわのやしろ”(または大三輪社と記載し)を建て、太刀や矛を奉納したところ、兵が集まったと『日本書紀』に記載されています。
(大己貴神社ホームページより引用させて頂きました)

(鳥居)
大神神宮という額が掲げられています。


(拝殿)
江戸時代末期から明治初頭の建造物で、筑前町の重要文化財に指定されています。
華やか。

(御朱印)

神社の隣りの公園には、神功皇后とヤマト朝廷に従わなかった朝倉の豪族 羽白熊鷲に関する案内板がありました。

長くなってしまったので、続く。
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